東京裁判がおかしいって本当?【知恵袋】

東京裁判がおかしいって本当?【知恵袋】

歴史の授業で東京裁判について学んだとき、何か違和感を覚えたことはありませんか?

「戦争に負けた側だけが裁かれるって、なんだかおかしいのでは」と感じた方もいらっしゃるかもしれませんね。

実は、東京裁判については、裁判が行われた当時から現在に至るまで、法律の専門家や歴史学者の間でも様々な議論が続いているんですね。

この記事では、東京裁判のどこが「おかしい」と言われているのか、その理由を法的な観点や歴史的な背景から優しく解説していきます。

読み終えた後には、東京裁判の複雑な問題点と、それに対する多様な見方を理解できるようになりますよ。

東京裁判が「おかしい」と言われる理由

東京裁判が「おかしい」と言われる理由

東京裁判が「おかしい」と言われる最大の理由は、事後法による裁判だったことと、勝者が敗者を一方的に裁く形式だったことにあります

1946年5月3日から1948年11月12日まで東京市ヶ谷の旧陸軍士官学校で開催された東京裁判(極東国際軍事裁判)は、連合国が日本のA級戦犯28名を「平和に対する罪」「戦争犯罪」「人道に対する罪」で裁いたものなんですね。

でも、この裁判には法律的にも手続き的にも、多くの問題点があったと指摘されているんです。

特に、裁判の時点で国際法として確立していなかった罪で人を裁いたことや、戦勝国側の戦争行為は一切問われなかったことが、大きな批判の対象になっているんですね。

気になるのは、なぜこのような形式の裁判が行われたのか、そして具体的にどんな問題があったのかということですよね。

なぜ東京裁判は問題があるとされるのか

罪刑法定主義に反していた

まず最も大きな問題として指摘されるのが、罪刑法定主義違反なんですね。

罪刑法定主義というのは、「犯罪と刑罰は、行為が行われる前にあらかじめ法律で定められていなければならない」という近代法の基本原則なんです。

わかりやすく言えば、「後から作ったルールで過去の行為を罰してはいけない」ということですよね。

ところが東京裁判では、侵略戦争罪や平和に対する罪という概念が、裁判の前には国際法として確立していなかったとされているんですね。

つまり、戦争が行われていた当時には「侵略戦争をしたら犯罪」という国際的なルールが明確に存在していなかったのに、戦後になってそのルールを作って過去の行為を裁いたということなんです。

これは法律の世界では「事後法の適用」と呼ばれ、非常に問題があると考えられているんですね。

さらに、共同謀議の始まりを1928年とした根拠も、田中上奏文という文書に基づいているとされていますが、この文書自体の真偽についても議論があるんです。

「勝者の裁き」という性質

次に問題とされるのが、いわゆる「victor's justice(勝者の裁き)」という性質なんですね。

戦争に勝った連合国側が裁判官となり、負けた日本側だけが被告席に立たされたわけですから、これって公平な裁判と言えるのでしょうか?

連合国側も戦争中に様々な行為を行いましたよね。

たとえば、アメリカによる原爆投下や都市への無差別爆撃、ソ連の参戦や占領行為なども、民間人に大きな被害をもたらしたことは事実なんです。

でも、連合国側のこうした行為は一切裁判の対象にならなかったんですね。

オーストラリアや中国は天皇の訴追を求めたとされていますが、マッカーサーさんが天皇を免責する方向で取り計らったとも言われています。

これも「政治的な判断が優先された」という批判につながっているんですね。

裁判というのは本来、中立的な第三者が公平に判断するものですよね。

でも東京裁判では、戦争の当事者である連合国が裁判官を務めたわけですから、構造的に公平性に疑問が残るという指摘があるんです。

証拠と手続きの不備

さらに、証拠の取り扱いや裁判手続き自体にも問題があったとされているんですね。

驚くことに、被告の4分の1が人違いで告訴されたという指摘もあるんです。

また、審理時間が短かったことや、証拠の検証が十分でなかったことも批判されているんですね。

特に注目されるのが、インドから来たパール判事さんの存在なんです。

パール判事さんは、全員無罪という反対意見を述べた唯一の判事として知られているんですね。

彼は法律の専門家として、事後法の適用や証拠の不十分さを厳しく指摘したんです。

また、弁護人全員がマッカーサーさんに対して不公正であると抗議したという記録も残っているとされています。

裁判に関わった法律家たち自身が公正性に疑問を感じていたというのは、とても重要なポイントですよね。

B・C級裁判を含めると、約1000人が死刑になったとされていますが、これほど多くの人を裁いた裁判の手続きが不十分だったとしたら、それは大きな問題と言わざるを得ませんよね。

政治的な意図があったという指摘

東京裁判には、法律的な正義よりも政治的な目的が優先されたという見方もあるんですね。

戦後の日本を統治するにあたって、連合国側は日本の軍国主義を否定し、新しい体制を作る必要がありましたよね。

そのために、戦前の日本の指導者たちを「悪」として位置づけ、「日本は間違った戦争をした」という歴史観を確立することが重要だったわけなんです。

つまり、東京裁判は単なる刑事裁判ではなく、「政治的セレモニー」としての側面が強かったという批判があるんですね。

実際、日本国内では「不当裁判」として位置づけ、戦後政治の原点として再評価する動きも根強く存在しているんです。

もちろん、これはあくまで一つの見方であって、後ほど触れますが、東京裁判を肯定的に評価する視点も存在しているんですね。

東京裁判の問題点を示す具体例

具体例1:「平和に対する罪」という新しい概念

具体的な問題点の一つ目として、「平和に対する罪」という概念自体が新しく作られたものだったことが挙げられますね。

第二次世界大戦が始まる前、国際法では戦争自体は違法とされていませんでした。

もちろん不戦条約などはありましたが、侵略戦争を行った指導者個人を刑事責任で裁くという考え方は確立していなかったんですね。

ところが東京裁判では、この「平和に対する罪」を中心的な訴因として使用したわけなんです。

戦争が終わってから作られた基準で、戦争中の行為を裁くというのは、法律の専門家からすると非常に問題があるわけですね。

これは、たとえて言えば「昨日までは合法だった行為を、今日になって違法だと宣言して、昨日の行為を罰する」ようなものなんです。

私たちの日常生活でこんなことが起きたら、とても不安ですよね。

「いつ何が罪になるかわからない」という状態になってしまいますから。

だからこそ、罪刑法定主義は近代法の基本原則として大切にされてきたんですね。

具体例2:中国裁判官梅汝璈さんの役割

二つ目の具体例として、中国の裁判官だった梅汝璈さんの役割について見てみましょう。

2024年1月の中国メディアの座談会では、梅汝璈さんが松井石根さんら7名に死刑判決を認めさせる上で重要な役割を果たしたとされているんですね。

また、中国の検察官だった倪征オクさんは、板垣征四郎さんを500回以上も詰問したと言われています。

これらの事実は、裁判官や検察官が中立的な立場ではなく、自国の利益や感情に基づいて行動していた可能性を示しているかもしれませんね。

もちろん、南京事件などの戦争犯罪を審理することは重要なことですし、被害を受けた国の代表が裁判に参加すること自体は理解できますよね。

でも、裁判の公平性という観点から見ると、被害国の代表が裁判官を務めることには構造的な問題があるという指摘もあるんです。

現代の国際刑事裁判所では、こうした問題を避けるために、より中立的な仕組みが工夫されているんですね。

具体例3:パール判事さんの反対意見

三つ目の具体例として、パール判事さんの反対意見を詳しく見てみましょう。

ラダ・ビノード・パールさんはインドの国際法学者で、東京裁判に判事として参加されました。

彼は膨大な反対意見書を書き、被告全員を無罪とすべきだと主張したんですね。

パール判事さんの主張の核心は、次のようなものだったとされています。

  • 事後法による裁判は近代法の原則に反する
  • 勝者が敗者を裁くことは公平ではない
  • 連合国側の行為も同様に裁かれるべきである
  • 証拠が不十分である

特に注目すべきは、パール判事さんは日本を擁護したかったわけではなく、法の原則を守ることを重視したという点なんですね。

彼は植民地支配を受けていたインドの出身で、決して日本に好意的な立場にあったわけではありません。

それでも法律家としての良心から、この裁判の問題点を指摘したんです。

この反対意見は、日本国内では「パール判決書」として広く知られるようになり、東京裁判の問題点を考える上で重要な資料となっているんですね。

具体例4:天皇の免責問題

四つ目の具体例として、天皇陛下が訴追されなかったことについて触れておきましょう。

オーストラリアや中国は天皇の訴追を求めたとされていますが、最終的にマッカーサーさんの判断で天皇は訴追されませんでした

これは、戦後の日本統治を円滑に進めるための政治的判断だったと言われているんですね。

法律的な基準ではなく、政治的な必要性によって訴追するかどうかが決まったというのは、裁判の公平性という観点から大きな問題だと指摘されているんです。

もし東京裁判が純粋に法律的な正義を追求する裁判だったなら、国家元首としての天皇の責任も同様に審理されるべきだったという意見もありますよね。

逆に、天皇に戦争責任はないと考えるなら、他の被告についても同様の基準で判断すべきだったという見方もできるわけです。

この問題は、東京裁判が法律的な一貫性よりも政治的な判断を優先したことを象徴しているかもしれませんね。

東京裁判を肯定的に評価する視点も存在する

ここまで東京裁判の問題点を見てきましたが、肯定的に評価する視点も存在していることを知っておくことは大切ですよね。

国際法の発展に貢献したという評価

東京裁判は、ニュルンベルク裁判と並んで、国際刑事法の発展の基礎を築いたという評価があるんですね。

確かに事後法の適用という問題はありましたが、戦争犯罪や人道に対する罪を国際的に裁くという仕組みの先駆けになったわけです。

現代の国際刑事裁判所や、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所などは、東京裁判やニュルンベルク裁判の経験を踏まえて設立されたんですね。

つまり、完璧ではなかったかもしれないけれど、国際的な正義を実現しようとした重要な試みだったという見方もできるわけです。

戦争犯罪の審理という意義

南京事件をはじめとする戦争犯罪を審理し、記録に残したことには意義があるという評価もあるんですね。

中国側の視点からは、松井石根さんら戦争犯罪に関わった人々を裁いたことは重要な成果とされているんです。

戦争の被害を受けた側からすれば、加害者が何の責任も問われないまま終わるよりは、たとえ不完全でも裁判が行われたことに意味があったという考え方もあるわけですね。

また、裁判の記録が残ったことで、戦争中に何が起きたのかを後世の人々が知ることができるようになったという点も、評価されることがあるんです。

日本の民主化に寄与したという見方

2024年1月の中国メディアの座談会では、東京裁判を「日本新生の契機」として肯定的に評価する声もあったんですね。

戦前の軍国主義的な体制を否定し、民主主義国家としての日本を再建する上で、東京裁判が一定の役割を果たしたという見方もあるわけです。

もちろん、これは東京裁判を肯定する側の視点ですし、「戦勝国が自分たちの価値観を押し付けた」という批判的な見方も根強く存在しているんですね。

歴史をどう評価するかは、立場によって大きく異なるということなんです。

現代における東京裁判の評価

学術的な研究の進展

現在、学術界では東京裁判について様々な角度から研究が進められているんですね。

2026年現在も、法的意義を総体的に検証する研究が続いているとされています。

Wikipediaや外務省の論文などでは、比較的中立的な観点から東京裁判の概要が説明されているんです。

一方で、日本国内の保守系の論者は批判的な立場を継続していますし、中国などでは肯定的な評価が強調される傾向があるんですね。

視点の対立が激しい分野だからこそ、複数の資料を読んで、自分なりの理解を深めることが大切なんです。

国際法の発展との関連

東京裁判の経験は、その後の国際法の発展に影響を与えているんですね。

旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所やルワンダ国際刑事裁判所、そして国際刑事裁判所(ICC)の設立には、東京裁判やニュルンベルク裁判の教訓が活かされているとされています。

特に、裁判の公平性を確保するための仕組みや、事後法の問題を避けるための工夫がなされているんですね。

つまり、東京裁判の問題点が認識されているからこそ、より良い国際司法制度が作られてきたとも言えるわけです。

歴史認識問題との関わり

東京裁判は、日本と近隣諸国との間の歴史認識問題とも深く関わっているんですね。

日本国内では「不当な裁判だった」という見方が一定の支持を得ていますが、中国や韓国などでは「戦争責任を明確にした重要な裁判」という評価が一般的なんです。

この認識の違いが、現代の国際関係にも影響を与えているという側面があるんですね。

だからこそ、東京裁判について学ぶことは、単に過去の出来事を知ることだけでなく、現代の国際関係を理解する上でも重要なんです。

まとめ

東京裁判が「おかしい」と言われる理由は、主に事後法による裁判だったこと、勝者が敗者を一方的に裁く形式だったこと、証拠や手続きに不備があったこと、そして政治的な意図が優先されたことにあります

特に罪刑法定主義に反する点や、連合国側の行為が一切裁かれなかった点は、法律的な公平性という観点から大きな問題として指摘されているんですね。

一方で、国際法の発展に貢献したという肯定的な評価や、戦争犯罪を審理した意義を認める見方も存在しているんです。

東京裁判については、立場によって評価が大きく異なるため、一つの視点だけでなく、様々な角度から理解することが大切なんですね。

歴史を学ぶということは、単純に「正しい」「間違い」を決めることではなく、複雑な事実関係を理解し、多様な視点を知ることなのかもしれませんね。

私たちができること

東京裁判について学ぶことは、過去を知るだけでなく、現代の国際関係や法の支配について考えるきっかけになりますよね。

もしあなたがこの問題についてもっと深く知りたいと思ったなら、ぜひ複数の視点から書かれた資料を読んでみてください。

批判的な立場の本だけでなく、肯定的な評価をしている資料にも目を通すことで、より立体的な理解が得られるはずなんです。

また、東京裁判の問題点を知ることは、現代の国際司法制度がどのように改善されてきたかを理解することにもつながりますよね。

歴史から学ぶことは、未来をより良くするための第一歩なんです。

難しい問題だからこそ、一人ひとりが自分の頭で考えることが大切なんですね。

あなたなりの理解を深めていく旅を、ぜひ続けてみてくださいね。